平成23年6月14日(火)

地域学の講義を受けて
 「呉・芸南学レポートNo.9」

担当:建築学科5年 平岡 正貴

 6月14日の地域学は、呉高専で現代文を教えている岩城裕之先生の講義でした。
 講義テーマは「呉・芸南地方の方言と文化」です。

 印象に残った講義内容に、全国の方言の分布と広島方言の特徴、また、呉市大崎下島の「渡り作文化」と「風位語彙」の話がありました。
 古い時代の言語が運ばれる「言語伝搬速度」が計算で求められること、広島県は,安芸の方言と備後の方言があり、さらに、海沿いの呉と内陸の広島では、言語の伝播状況が違うため微妙に方言が異なっているのだそうです。
 講義後半では,船を用いて農地へ行く「渡り作」や、農業をしながらも海とともに暮らす瀬戸内の人々の生きる知恵である風位語彙(風の呼び名)について説明を受けました。

 私たちが普通に話している言語には,壮大なスケールで長い時をかけてつくられてきたものがあるということを学べ、とても良い講義だったと思います。


環境都市工学科1年生向け
生命の不思議さを解く『生命の科学』双方向授業の試み

担当:環境都市工学分野 竹内 準一

 私が担当している環境生物学系の3つの授業、1年『生命の科学』、2年『自然生態学』(移行措置中で4年『自然生態学』)、5年『微生物学』は、問題を解けるようにする科目ではありません。環境に対して生物学的な見方・考え方を養ってもらう狙いがあります。

 仮に間違えたところで、事故を招く心配もありません。そこで思い切って新しい発想を引き出す姿勢を学んでもらいます。授業者としては「正解を覚え、逐次その通り答えてもらっても、実は嬉しくないのがホンネです。」逆に、教員の想像を越えた返答に遭遇した時こそ、教員冥利に尽きます。私が担当する科目は、幸いこのような目論見に合致していると思われるので講義や定期試験の中で極力、この教育方針を貫くように心がけています。

 これまで実施した授業の成功例をご紹介しましょう。例えば、青インクを水に垂らしたとします。インクは次第に水と混ざって、全体が淡い青色に染まります。これが拡散と呼ばれる物理現象です。生物が介在しない世界では、単に一様に拡散して“打ち止め”です。

 しかし、生き物たちは信じられない大きな偉業をやってのけます。何と物理的な現象に逆らって、水の中に薄く溶けた物質を集めて自分の生活のために使うことができるのです。

青インクの拡散現象(教室にて実演)と石灰岩の例(石垣島鍾乳洞)

 私はここで環境都市工学科の学生の履修内容に合わせ、次のように発問していきます。

 -教員「コンクリートの材料は何ですか?」 学生A「セメントです。」

 -教員「それでは、セメントの原料は何でしょうか?」 学生B「石灰岩です。」

 -教員「石灰岩は何で作られていると思いますか?」 学生C「生物が死んだものかな?」

 -教員「すごいですね。どんな生物でしょうか? 3つほど候補がありますが、一つは難しいので私が正解を言いましょう。有孔虫という微生物の死骸で、沖縄地方で“星の砂”と呼ばれているものです。後の2つは何だと思いますか?」 学生D「たぶんサンゴかな?」

 -教員「良く分かりましたね。サンゴ虫の骨格はカルシウムが主成分で、それから琉球石灰岩という細かな孔があいたもろい石灰岩ができ、鍾乳洞を作ります。では、残った生き物の候補は何? これなら広島県でも大量にありますよ。」 学生E「カキなどの貝殻です。」

 -教員「では、貝殻や骨格を造るカルシウムの元は、いったいどこにあったのでしょうか?」 学生F「どれも海の生き物ですから、もしかしたら海水中ですか?」

 -教員「その通りです。土木工事に使うコンクリートの原材料は、海水中の薄いカルシウム分が、生きている生物の活動によって濃縮され資源化したものなのですよ。」

 注)動物が餌を食べて放出する二酸化炭素とカルシウムから炭酸カルシウムを形成する。

有孔虫の遺骸(通称"星の砂")・琉球石灰岩(造礁サンゴの死骸)・カキの貝殻

 実は、これと同じ問答をこの後の授業で5年生に試みましたが、残念ながら同じようには進行しませんでした。5年生は1年生に比べて多くの学習内容を身に付けてきたはずなのですが、反って思考が硬直化して柔軟性を失っていくこともあるのだろうと思います。案外、就職面接や社会に出て求められる能力は、暗記よりこのような才覚かも知れません。

 いま世界でもっとも有名な授業は、サンデル教授の白熱教室です。欧米では日本の学校のような一方通行の講義ではなく、双方向(インタラクティブ)な対話が主流です。なぜならば相手に問いかけて「学生が持つ可能性を引き出す行為」こそ真の教育であるというソクラテス以来の長い伝統が息づいているからなのでしょう。私は到底、足元にも及びませんが、一人の教員としていつの日か到達してみたい“憧れの境地”だと思っています。